November 16, 2003

クリエイティブタレントによる創造性がIT時代を切り拓くために

本稿はNHK放送技術研究所「MCF通信」2003年4号巻頭に掲載しました

 アジア華僑圏を震源地に「クリエイティブスター」というキーワードが世界に広がりつつある。日本では未だ馴染み薄い言葉であるが、香港やシンガポールなど、もともとグローバルな文化、デザイン、テクノロジーが行き交う国際的な大都市で、メディア上であらたなクリエイティブを創造し続けるアーティストやクリエーターに若者たちが尊敬の眼差しを向け、特にその中でもひときわ光る創造性を見せて、感じさせてくれる、アーティストを「クリエイティブスター」とよばれているのだ。その「クリエイティブスター」を世界中から一同に招いた「クリエイティブショー」は、1998年の香港返還式典の舞台となった湾仔の国際会議場に1万円近い入場料のもと6千人もの入場者を集め、シンガポールでも1万人近い動員を集めるなど、新たな都市文化となっている。

 ここでクリエイティブスターとして、扱われているアーティストたちは、ロンドンを拠点とするデジタルデザイン事務所「Tomato」であったり、米西海岸を拠点とするデジタル加工による動画デザイン(モーショングラフィックス)を行なっている「イマジナリー・フォーシス」、それにFLASHというWebでのインタラクティブ表現でデファクトスタンダードとなっているソフトウエアのアートとしての使い手として年に三分の二以上を講演旅行で世界を飛び回るニューヨーク在住のジョシュア・デイビスなど。日本では、精密機器を用いたIT機材の設計から実装、それにプロダクトデザインまでこなすクワクボリョウタや、同じくFLASHにて放送用のアニメーションまで作り上げるデジタルデザイン事務所「デビルロボッツ」などが扱われ、同じように現代画家の奈良美智が扱われたりもする。

マルチメディアの普及と進歩がつくり出した新しい時代のタレント

 これら「クリエイティブスター」に共通するのは、今までの放送や情報処理における先駆的表現を行なう上で、必要不可欠と思われてきたハイエンドの映像や情報処理機器、ネットワーク環境、もしくは一部のエキスパートのみが自由自在に使いこなせるような装置とは、ほぼ無縁の創作環境で創造する人々であるということである。マルチメディア機能が強化されたPCの普及やデジタルビデオ・オーディオのあまねく普及によって、クリエイティブにとって「持つ者」と「持たざる者」の壁が崩れた今、誰もが放送水準の映像表現手段などを持つようになったことで、にわかに本質的な創造性に対する眼差しが向き始めているのである。

 特にこのムーブメントが顕著に見え始めたのが、高度なデザイン・アート教育がほとんど存在していないアジアの大都市から起こったことは、その創造性への渇望感であるのだが、同様に「クリエイティブタレント」を求める動きは、ヨーロッパや米国でも起き始めている。クリエイティブに関する社会的・産業的な集積がある都市では大なり小なりに、クリエイティブタレントの創造性を見せるイベントが様々なかたちで行なわれ、「クリエイティブスター」を探そうとしているのである。

 これら「クリエイティブスター」には、もう一つの大きな共通点がある。それは、自己マネジメントがしっかりしているということ点である。クリエイティブの面をさることながら、知財に対する管理や、対外的な契約に関して高い意識を持ち、自身の構想に基づいた仕事へのアプローチや営業を行なっているのだ。クリエーターというと、使い易いフリーな存在であやふやなものと思われるかも知れないが、彼らは通常の企業やそれ以上のビジネスにおけるプロフェッショナリティーを個人や集団にして兼ね備えているのである。この作ることだけにとどまらない創造を継続するための意識の高さとそれにも抱合したプロフェッショナリティーが彼らをスターにさせているのである。

新たなビジネスマインドがクリエイティブタレントには求められる

 はたして日本ではどうであろうか。IT・マルチメディア・ポップカルチャー先進国を政府が自認するだけあって、クリエイティブタレントとなるような人材が数多く存在し、まだ数は少ないがNHKの番組の中に登場したり制作に関わりだしたりもしている。特にNHKは民放よりもその傾向が強く感じられ、ETVを中心にコンテンツの先駆性をもたらす所以にもなり始めているように見て取れる。しかし、問題は、このような「クリエイティブスター」になりうるシーズが、演出のための一過性のものとして見つけられ、消費されているように思われてならない点である。

 あえて「クリエイティブスター」というなら、NHKとの関わるの中では、作曲・演奏の冨田勲やCGの坂井滋和のように、個人として大規模な組織と互角にプロフェッショナリティーを発露してきた先人が居る一方で、ITという環境の中でより個人による創造が大きな価値を生み出す現在において、同様のプロフェッショナリティーが発露できるタレントを生み出しえないのは残念でならない。

 その理由として考えられるのは、クリエイティブ側におけるビジネスマインドの違いというものが大きいと考えられる。アジア大都市はいうまでも無く、欧米では、クリエイティブに従事することそのものがひとつの成長分野としてのスモールビジネスであるという意識にある。いうなれば、一人もしくは一つの集団のクリエイティブタレントが一つの企業主なのである。そこには社会的なプロフェッショナリティーも存在する。冨田勲が、電子音楽時代になり原盤権を自身に置くために自身の会社を設立し、音楽出版会社からのミュージシャンの自由を自身で獲得したような意識は、今やスタンダードなものであるべきなのに、未だ芸術に関する教育機関でビジネスプロフェッショナルとしての教養が提供されていない一方、社会的なプロフェッショナリティーに対する視点が、マルチメディアやコンテンツ、それに芸術振興の局面で向けられたことが日本では皆無なのである。

 ものを生み出すことに対して、大規模な設備やコストが低減される一方、原版やデータを制作者自身で持つように出来た結果、アーティストをめぐるプロダクションスタイルに新たな変化が訪れている。「クリエイティブスター」たらしめるアーティストたちは、セルフマネジメントを行なうことによって独自のプロフェッショナリティーを確立しているのである。マネジメントを通じてアーティストが動くという下請け的ともいえる管理構造から、セルフマネジメントによってマネジメントを選び、ときにはクライアントを選び、もしくは提案するというスタイルへと移行しているのである。

知財の時代の競争力の担い手として輩出できる環境整備が必要

 IT社会において知財が最も重要なものとなる、すなわち、創造力が最大の競争力となる。アートは、今までのような鑑賞に供するだけのものではく、創造力の源となる知財の源泉となるという新たな価値において評価されるものへと進化するのだ。「クリエイティブスター」はまさに、このような進化の最先端をメディアアートで結実している存在なのである。彼らの創造力を用いることは、一般的なコンテンツの魅力を高めるだけのものでは無い。彼らの存在に注目することで、創造を担うシーズとなる若者たちの目標と創造の高みが生まれ、わたしたちの周りの知財を強め、よりクリエイティブな発展を促すことが出来るのだ。そのためには、彼らの創造性を活かし、新たなクリエイティブやサービスの開発に向けて、より積極的に用いることが出来る環境の整備(例えばより受難に契約できる仕組みづくりや予算配分など)が日本のあらゆる分野に必要であるといえるだろう。それだけではない、私たち自身の心がけとして、慣性で既存のものに頼るだけでなく、より広い視野で新しい才能を見つけ、かつ、プロフェッショナリティーを発露できるように促せる環境を整備することも必要であろう。

 このような、クリエイティブを巡る新たな環境づくりこそ、企業や大組織から生まれるブランドから、クリエイティブタレントの創造力に関心が世界規模でシフトする中で、特にアニメやまんが、ゲームなどのコンテンツ、それにものづくりやデザインといった手触りのあるものまで、クリエイティブタレントの存在が世界から注目されている日本であるのに、それを顕在化しているものでも活用できず、シーズを根腐してしまっているような残念な状態を巻き返し、新たなイノベーションをもたらすために必要なのである。


著者紹介:
岡田 智博 おかだ・ともひろ
情報学修士(東京)/芸術工学修士(九州芸工)
複数の国際規模のメディア芸術・表現コンテストの運営や作家のキュレーティング、高度情報化社会における文化・産業の変化に関する調査・提言を生業とする一方、NPO「クリエイティブクラスター」の代表としてクリエイティブタレントの顕在化とインキュベーションを手掛けている。
e-mail: info@coolstates.com