June 05, 2004

デジタルクリエーターが若者のスターになる東南アジア
IdN My Favorite Conference 【解説編】

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執筆:岡田智博 info@coolstates.com

 シンガポール国際空港に程近い、シンガポールEXPO国際展示場。アジアのコンベンションハブであるこの国の表舞台である、展示ホールに巨大な客席が組まれている。さながら大規模なライブコンサートをイメージさせるその暗い空間の中に3000人もの主に20代の観衆が静かに、しかし、熱い視線をもって、ステージを見つめている。その観衆の多くは熱心にメモを取っている。
 ステージの上には、東京で独自のアニメーションやグッズを展開しているプロダクション、デビルロボッツ(http://www.devilrobots.com/)のメンバーたちが、FLASHアニメーションによるキャラクターショーを交えながらプレゼンテーションをしている。静かな観客席ではあるが、メンバーたちの持ち味であるキュートで毒のあるキャラクターがジョークを繰り出すと、会場には大きな笑いが包まれる。

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 プレゼンの後、デビルロボッツのメンバーは、シンガポールを離れるまでの間、会場で、そして都心にあるスノッブなクラブで、千以上ものサインに応じなければならなくなってしまった。

クリエイティブが女性にとってもおしゃれなことである地域

 2004年5月中旬、香港を拠点に全世界配本を行なっている、デジタルクリエイティブの作品紹介に特化した出版社IdN(http://www.idnworld.com/)が、シンガポールで、全世界からフィーチャーした15組のデジタルクリエーターによるクリエイティブショー、”My Favorite Conference”を開催した。この期間中、シンガポールではデジタルクリエーターが若者たちにとってスターであった。
 このショーを見るために、入場料だけで約1万5千円という額でありながら、シンガポールのみならず3分の2以上はマレーシアやインドネシアといった東南アジア諸国から集まって来た。
 開催期間中である、5月14日、この国のナショナルペーパーであるストレイツタイムズは、プレゼンを行なうILMの視覚効果アートディレクターであるウイルソン・タン氏のインタビューと紹介記事を1ページにわたり掲載、「ハルク」や「スター・ウォーズ エピソード2」などハリウッド特撮映画で見たことも無いシーンを生み出すアーティストとして、俳優や監督それ以上のスター扱いで紹介した。
 このイベントは、クリエイティブショーといっても、コンサートやトークが行なわれるような、普通に考えるエンタテインメントに富んだものではない、ここで繰り広げられているのはデザイナーやクリエーターが自分の手掛けた作品を映像やスライドショーを使って、直接語りあげるだけのものである。
 なのに、多くの人々が参加し、かたずを飲んで注目し、サインを求めるのは、クリエーターをスターと感じ、そのスターがつくり出すコンテンツの裏側を直接知りたいという欲求が、東南アジアの人々にはあるからである。

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 今回詰め掛けた、観衆の多くは、デザインや広告、映像を仕事にしている人々や、それを志す若者たちが中心であった。約半分は女性であり、デジタルクリエイティブに従事する人が男性に偏る日本とは異なる趣がある。「クリエイティブなことはおしゃれで創造力に富んだあこがれの仕事である」と、彼女たちは国を問わず総じて語る。
 ファッションや映画を語るのと同じように、デザインやアニメーションや特撮のクリエイティビティーを語ることに、この地域の若者たちは違和感が無いどころか、それが知的でおしゃれなことなのである。

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 会場での共通言語が英語なのも特徴だ。彼ら彼女たちは、英語を駆使して世界中の最先端のクリエイティブに関する情報を集め、自分たちの血肉にしている。先にあげた東京のキャラクターアーティストも、同じく登壇した「ロード・オブ・ザ・リング」三部作を手掛けた元WETAデジタルのCTOであるジョン・ラブリー氏も、特殊効果でおしゃれでユニークなCMを作り続けるロンドンの広告クリエーター「Mother」のストラテジストも、グローバルな”My Favorite”(お気に入り)なのである。その「おきにいり」に触れるために、何時間もの飛行機の旅を経て、シンガポールに馳せ参じるのである。

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クリエイティブへの欲求と地元コンテンツとの落差の大きさ

 ところが、このクリエイティブに対する意欲が、この地域のクリエイティブの向上につながっているかといえばそうでは無いらしい。このショーを招致した、シンガポール政府肝いりのデザインとコンテンツの振興団体「デザインシンガポール」がホストとなった、シンガポール屈指のトレンディーなクラブで行なわれたプレゼンテーションでは、地元を代表する立場としてのクリエイティブグループによるFLASHアニメーションとPCによるデジタルミュージックプレイが披露されたが、どれも日本でいったら美大生による仲間内のイベントでの披露かと思えるような貧相なものであった。

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 彼ら彼女たちが目指すゴールは、地元を出て、西欧や米国でクリエーターとして成功することであり、自分の国であったとしてもこれら先進地域から来たクリエイティブワークに携わることなので、地元に根ざした魅力的なクリエイティブが定着することが難しいのである。
 例えば、同じくこのステージに立ったシンガポール生まれで、日本でファッション誌や浜崎あゆみのジャケット写真などを手掛けてチャンスを得、本場ニューヨークで「Vogue」や「VANITY FAIR」本誌のフォトグラファーにまで瞬く間に上りつめたレスリー・キー氏のようにである。

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